「音楽プロデュースとは!?」という一例です。
まずは中嶋定治という男に関わるもろもろを、「プロデューサー視点」で書いてみようと思います。
*出会い
電話口から激しい風の音が聴こえる。
その向こうで男が何か叫んでいる・・。
彼は、仕事場のビルの屋上から、カフェオレーベルスタジオに電話を掛けてきた。
「今度!・・初めてなんですけど!・・・レコーディング!・・したいんですよ!」
中嶋定治からの初めての電話だった。
彼は都内でSEとして働くサラリーマン。
後日聞いたのだが、エクセルを使わせたら日本トップクラスのSEなのだそうだ。
彼は、「ぺろりんちょ」というアコースティックユニットをやっていた。
メンバーは彼と、エレキギターの女性がもうひとり。
スタジオに来た二人のデモを聴かせてもらう。
アコギの弾き語りに、エレキギターが気持ち良く絡んでいる。
しかし、明確に足りないものも見えた。
弾き語りのミュージシャンには、2種類いる。
弾き語りだけで成り立つミュージシャンと、
ドラムやベースが入ったバンドサウンドを無意識に想定して曲を作っているミュージシャン。
彼は、後者だった。
アコギとエレキと歌だけのデモから感じたのは、
ドラム&ベースの不在感だった。
*メンバー探し
レコーディングに入る上で、
まずはドラム&ベースを探した。
個人的にバンドサウンドの中嶋定治の音楽が無性に聴きたくなったのだ。
その不在感を、私の力で埋めることが出来る。
明確なイメージが沸いてしまったら、やるしかないのだ。
この時は、カフェオレーベルからのリリースは考えてなかった。
いや、でも、ちょっと考えていたのかも。
どのみち、リリースを決めるのは、だいたいそんな曖昧な流れだ。
いつも。
親しいルーシーというバンドのドラム&ベースに依頼。
何度かのリハーサルをして、レコーディングが始まった。
*完成してはみたものの
仕上がったファースト・アルバム『マジカルストリーム』は、必ずしも、中嶋定治のすべてを表現出来ているアルバムとは思わない。
それは、作っているときからそうだった。
最初出会った時から感じていたのだが、
彼は、彼だけにしか作れない特別な曲が作れる。
ファーストアルバム『マジカルストリーム』は、その特別さがほの見えるとは言え、全体としては普通すぎた。
ポップスとして完成度の高いアルバムだが、「中嶋定治としての完成度」は甘い。
(正直、ようやく制作に入ったセカンドこそ、中嶋定治の名刺となると思っている。)
*恋のプロデュース
ファーストが彼の才能に比してスイート過ぎるものになったのには、原因がある。
それは、その頃、彼が恋(片想い)をしていたせいだ。
恋のど真ん中にいると、音楽は普通になる。
恋とは、普通のことだからだ。
彼が、吹きすさぶ会社の屋上から電話を掛けてきたのは、
相方のエレキギターの女性が、ユニットを脱退したがっていたからだった。
それを引き止めるべく、彼は私にレコーディングを依頼してきたのだ。
彼女は、レコーディングの終了まで極めて真面目に、丁寧にギターを録音した。
そして、去っていった。
アルバムのアーティスト名義は、
「ぺろりんちょ」ではなく
「中嶋定治」になった。
誰かの恋をプロデュースすることは、私にできるわけがない。
*性格的問題
中嶋定治は、時々対人関係で問題を起こす。
それは、彼の率直さに原因がある。
たいへんお世話になったとある女性ミュージシャンからの
ライブのお誘いを、「興味無いんで」の一言でズバリ断るような率直さだ。
その話を聞いた時は、さすがに「あかんでそれは」と思わざるを得なかった。
彼は、男の友達とばかり遊んでいる。
釣りをしたり、麻雀をしたり。
ちょっと女性と親しくなろうとすると、
小学三年生男子が気になる女子を
わざとからかうような態度になる。
そこには、思春期の卑屈ささえ感じられない。
ほんとうにストレートな小学三年生のような態度なのだ。
*妖怪
しかし、彼の音楽を聴けば、
彼がそんなに単純な男ではないことは感じることが出来る。
彼は、「率直さという手法」を意識的に武器にしているのかもしれない。
ストレートでポップな耳障りと日常的なボキャブラリーを武器に使いながら、
ふと薄気味悪いような非日常なイメージを描き出す。
それは、彼が好きな「妖怪」のようなイメージだ。
妖怪は、ガキのように率直な存在だ。
妖怪には、卑屈さも、単純なネガティビティーもない。
不気味さの中にユーモアも抱えて現実の中にふっと現れる。
*ブックファースト
昼休みに突然知らない番号から電話が掛かってくる。
電話口から激しい風の音が聴こえる。
その向こうで男が何か叫んでいる・・。
まるで現代の妖怪話みたいに感じれるそんな出来事が、
彼の音楽そのものかも知れない。
私は、そんな第一印象を形にしてみたかった。
「ユートピアぶる 僕ら夢見る機械。
・・・待ち合わせはせめて、ブックファーストにして」
夢見る機械/中嶋定治
*そしてライブ
ファースト発売以来、数年間、弾き語りで黙々とライブを続けていた中嶋。
CDは完全バンドサウンドなのに、なぜ一度もバンドでLIVEをしなかったのか?
彼はバンドでのライブが未経験だ。未経験なことをイメージすることは難しい。弾き語りで十分伝わるとも思っているから踏み出せない。バンド=不安。
彼の不安を完全無視して、私は今度のレーベルイベントで、バンドメンバーも曲順も半ば強引に私の判断で決めさせてもらった。
いくら私が「それしかない!」と思っていたって、それを他人に完全に信じさせることは不可能だ。こればっかりは、やってみて感じてもらうしかない。受け入れてくれた中嶋の懐の大きさに感謝する。
ここから先は、彼自身が、そのフィールドをどう感じ、どう遊ぶかだ。
きっと、足りなかったものが満たされ、中嶋定治の音楽の全容が、この夜初めて姿を現すことだろう。
と、プロデューサーは勝手に信じている。